2012-08-18 01:50 | カテゴリ:高校ヨット部探訪記
前回は霞ヶ浦高校を取り上げたが、同じ水域で活動してる我が母校「土浦日本大学高校ヨット部」を紹介していきたいと思います。
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①歴史

土浦日本大学高等学校ヨット部は霞ヶ浦高等学校ヨット部に5年遅れること1966年(昭和41年)に創部。翌年の埼玉国体が霞ヶ浦で開催されるのを機に設立された。インターハイ優勝4回を始め、入賞も多数している歴史あるクラブである。インターハイでの実績は以下の通りである。

1970年(蒲郡) 男子スナイプ級 準優勝
1971年(高松) 男子FJ級 優勝
1972年(藤沢) 男子FJ級 3位
1979年(大津) 男子スナイプ級 3位
1986年(光)   男子スナイプ級 準優勝
1989年(高松) 女子FJ級 3位
1993年(土浦) 男子FJ級ソロ優勝・女子FJ級ソロ優勝・男子デュエット準優勝
1996年(山中湖)男子FJ級ソロ3位
2000年(蒲郡) 男子FJ級ソロ準優勝
2001年(宇土) 男子FJ級ソロ準優勝
2002年(土浦) 男子FJ級ソロ優勝

②主な卒業生

・関 一人(2004年アテネ五輪男子470級銅メダリスト)

千葉県千葉市出身だが、Jr出身のセーラーが入学したのは彼が初めてだった。高校3年時はタイトル総なめ、その後の活躍は皆さんがご存知の通りであろう。

・岡田 正彦(1983年江の島インカレ史上初の完全優勝の立役者・日大主将)

高校時代も3位入賞の実績があるが、大学でもさらに活躍し、日大伝説の主将としても有名。元監督、岩瀬 恵右教諭も歴代のヨット部員の中で1番に挙げるなど、優秀なセーラーであった。

・岩月 邦雄(1977年江の島インカレスナイプ級団体優勝・日大副将)

高校時代はインターハイには出場していない。大学で伸びたタイプ。インカレで日大時代の幕開けは彼らが最初である。卒業後も茨城代表として、スナイプ級で2度優勝している名セーラーである。現在も県連で後進の指導にあたっている。

・井嶋 浩文(1986年小戸インカレスナイプ級団体優勝・日大副将)

高校時代は結果を出すことができなかったが、日大時代に開花。スナイプ団体4連覇に貢献。卒業後にも岩月のクルーとして国体制覇。現在2人の息子も活躍している。茨城県勢に欠かせない存在。

・松野 千寿子(旧姓・井嶋・1993土浦インターハイ女子FJ級優勝・香川国体・千葉ワールド女子部門優勝)

井嶋 浩文の妹、関 一人と同期であり、高校時代は地元インターハイアベック優勝だけではなく、国体・FJワールドとすべて(関と同様)タイトル総なめ。その後も日大に進み活躍。オリンピックキャンペーンも行なった実力者であった。同校唯一のインターハイ女子優勝者である。

・石川 靖雄・石川 裕也

親子2代でインターハイ優勝した実績。裕也は1年時からインターハイ準優勝・準優勝・優勝ととんでもない成績を残した。日大時代も総合優勝に貢献。現在もオリンピックを目標に頑張っている。

③監督・コーチ陣
畑監督と選手達
2004年まで岩瀬 恵右・畑 秀明教諭体制だったが、岩瀬先生の退職により現在は畑先生と大澤 恵一教諭の2人体制である。正式なコーチは存在しないが、数名のOBがバックアップにあたっている。

④練習環境・練習日・練習時間

・霞ヶ浦ラクスマリーナ(JR土浦駅より徒歩約10分・学校より自転車で約10分)
・登校時は放課後のみ(朝練はなし)
・休み時は朝から日没近くまで(テスト期間・正月・お盆は練習なし(顧問の都合により練習できないこともある)。

⑤その他論評

・学校の勉学強化の為に昔より下校時間が遅くなっている。従って練習時間は霞ヶ浦高より短い。
・コース練習は霞ヶ浦高と合同で行っている。
・後継者の不在により、廃部の危機となっている。
・大学推薦などは日本大学が基本的に多い(成績次第で他大学の進学実績もある)
・ここ10年間では2004年牛窓大会で女子FJ級ソロで4位・男子デュエット6位以来入賞が一度もない。改革が求められる。

※練習はいつも合同練習なのに何故かまとまりが悪い茨城県勢。玄海セーリングクラブのような体制に出来ないものだろうか?茨城県連も真剣に考えないと霞ヶ浦からヨットの灯が消えてしまうだろう。まったく恥ずかしい話である。





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