2012-08-20 05:02 | カテゴリ:高校ヨット部探訪記
第3回は『霞ヶ浦水域』の最後となりました、「土浦第一高校ヨット部」を紹介致します。土浦第一高は茨城県内で3本の指に数えられる有数の進学校である。その頭脳を生かしたセーリングで数々の好成績を治めてきた。
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①歴史

※誕生の経緯はボート部(端艇部)OB?

土浦第一高等学校ヨット部創部には面白いエピソードがある。廃部となってしまってた旧制中学時代の端艇部OB達が40歳を超えた際、「またボートを霞ヶ浦に浮かべよう!」がきっかけだった。しかし体力が落ちていた彼らは、オールを漕ぐのが辛かった為、カッター船に帆を取り付け楽しみ、しまいには「霞ヶ浦ヨットクラブ」まで設立してしまった。
当クラブが国体などで払い下げられたヨットを母校に寄贈したのが始まりである。それが1953年(昭和28年)のことであった。

初代顧問は横田 尚義教諭(後に同校校長)であったが、ヨットに理解のある指導者でもあった。練習環境、ライバル校にも恵まれ、全国有数の強豪校となっていく。優勝回数は5回と(FJ一本化となるまでは)茨城県勢でトップの実績であった。

1970年蒲郡インターハイで初優勝を果たす(女子スナイプ級)。主な成績は以下の通りである。

1974年(福岡)男子スナイプ級優勝
1980年(大津)男子FJ級3位
1982年(蒲郡)男子スナイプ級優勝・男子FJ級優勝
1983年(本荘)女子FJ級優勝
1987年(江差)男子スナイプ級準優勝

※全種目において優勝の経験があり、蒲郡大会での男子完全優勝が話題になる。しかし平成以降、常に部員数確保の問題を抱え、廃部の危機が続く状態となってしまった。

②現在の活動状況

OBの熱意により、かろうじて存続している状況である。部員数も少ない。練習はOBが指導している為、自ずと練習量も少なくなってしまう。(基本的に土日などの休日のみ)

※21世紀に入ってから、2002(土浦)、2009(和歌山)インターハイでは出場を果たしている。

③その他論評

・部員確保は同校の問題ではあるが、OBが中心となって運営しているのには全く頭が下がる思いてある。しかしやる気がある部員が入ってもこの状態では強くはなれないだろう。

※こういう状態をみて茨城県連幹部は何とも思わないのだろうか?霞ヶ浦水域は、土浦日大・霞ヶ浦・土浦第一この3校が切磋琢磨して強くなってきたはずである。(各学校任せでなく)県連が中心となって各校顧問・OB達がバックアップすればいいだけの話である。それほど難しい話ではない。
2019年(7年後)に茨城国体が予定されているが、このままいけば国体時に「少年種目が出場なし」という事態にもなりかねない(土浦日大高や霞ヶ浦高も例外ではない)。一刻も早い改革が求められる。(恥をかくのは県連幹部なんですけどね・・・)

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