2012-08-21 09:00 | カテゴリ:高校ヨット部探訪記
今回の探訪記はようやく茨城県を抜け出し、千葉県に突入。千葉県の高校ヨット部といえば?現在では誰しも「磯辺」と答えるだろう。創部38年目の『千葉県立磯辺高等学校ヨット部』を紹介しましょう。
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①歴史

磯辺高校ヨット部の歴史は学校の歴史そのものである。1978年(昭和53年)に高校開校と同時に発足。2年後の栃木国体が稲毛ヨットハーバーで開催決定したのもきっかけだったといえるだろう。

それまでの千葉県勢といえば、安房水産高校(現・館山総合高校)や勝浦高校(現・勝浦若潮高校)が強かった。初代監督・国府田 由隆教諭(現・明海大監督)の厳しい練習の下、わずか3年目の関東大会で『全種目制覇』の快挙を成し遂げる。続く同年の高松インターハイでは女子FJ級で3位入賞、あっという間に強豪校の仲間入りを果たす。その後の成績は以下の通りである。

1981(江の島) 女子スナイプ級準優勝
1983(蒲郡)  男子スナイプ級3位・女子FJ級優勝
1984(本荘)  女子スナイプ級準優勝
1985(穴水)  男子スナイプ級優勝
1986(光)   男子FJ級3位
1987(江差)  女子スナイプ級準優勝
1988(芦屋)  女子FJ級準優勝
1990(七ヶ浜) 男子スナイプ級準優勝
1991(三ヶ日) 女子スナイプ級準優勝・女子FJ級優勝
2008(若洲)  女子デュエット3位
2010(与那原) 女子デュエット3位
2013(唐津)  男子FJ級ソロ準優勝
2016(和歌山) 女子420級準優勝・FJ級3位

※優勝3回・準優勝6回と輝かしい成績ながらも、やはりFJ一本化(1993~)となってから急に風向きが変わっている。近年は苦戦傾向ではあったが、メダル獲得も復活しており、以前の勢いに戻りつつある。

一方インターハイに比べ、国体には滅法強く、11回の優勝と抜群の実績を残している。

②監督・コーチ

・柳田 章宏(同校卒-二松学舎大出身)
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【岸壁で選手たちを見守る柳田教諭(左)】

ヨット部OBでもある柳田教諭は、2014年度より他校から人事異動により同校へ赴任。間違いなくしばらくの間は同校ヨット部を牽引していく重要な人物となるだろう。

・石井 暢 (同校卒-千葉工業大出身)
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【レース運営準備中の石井教諭、若さあふれるパワーが武器か?】

柳田教諭同様、ヨット部OBでもある石井教諭は新任として2014年度より同校へ赴任した。先輩でもある柳田教諭と協力し合い、同校ヨット部をますます発展させていくことだろう。

※正式なコーチは存在しないが、多数のOBが週末にかけつけている。

③主な卒業生

・神作 聡 (日大OB・1986小戸全日本インカレスナイプ団体4連覇の立役者・1988唐津全日本スナイプ優勝)

磯辺と言ったらまずはこの人。自由奔放な性格ながら、レースは繊細。現在でもたまにスナイプでレースにも出場している。

・阿部 龍介 (日大OB・1987蒲郡全日本スナイプ優勝)

同高男子で国体初優勝は同氏であり、日大4年時に全日本スナイプで圧倒的なセーリングでDNC優勝。スナイプ日大時代の象徴的ともいえる名選手。現在も愛知でスナイプに乗る傍ら、指導者としても活躍している。

・関根 恒久 (中央大OB・1985穴水インターハイスナイプ優勝・1992山形国体成年男子スナイプ優勝)

磯辺の唯一のインターハイ男子優勝者であり、国体も併せ二冠を達成している。大学でも活躍し、山形国体でも優勝している。レース時、安定して上位にいる印象だった。一言でいえば、『センスのあるセーラー』なのでしょう。現在は中央大でコーチを務めている。

・高木 克也 (日大OB・1993蒲郡全日本インカレ470級団体優勝・1993稲毛FJワールド総合優勝)

磯辺でFJセーラーといったらやはりこの人。Jr出身で磯辺に入学したのはおそらく彼が初めてだっただろう。高校時の国体優勝をはじめ、470全日本も優勝するなど、数々のタイトルを獲得している名選手である。現在は忙しいプロコーチとして全国を駆け回っている。

④練習場所

※稲毛ヨットハーバー(学校から徒歩3分)
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練習場所は、学校の目の前がヨットハーバーと絶好のロケーション。艇はハーバーに置いているのではなく、学校から毎回運んで行く。

⑤その他論評

・ハーバーに近いこともあるのだろうが、部員は集まりやすい環境ではある。(特に女子の数は全国有数の多さであろう)
・FJ一本化となってからは、男女共にソロでのメダル獲得は1回もなくなってしまったのだが、これにはいくつかの要因があり、試行錯誤の日々が続いたが、2013唐津インターハイでは、男子ソロで23年ぶりにメダルを獲得とうれしい話題となった。
・公立高校なのでJrセーラーなどを集めることができない(これは仕方ないこと)
・ハーバーの営業時間が午後5時までと登校時はあまり練習ができない(海面調整の問題もあるようである)

※しかし部員も集まりやすく、OB会の結束も非常に強い。最近では男子でのメダルや入賞も復活している。今後も監督・OBが結束して千葉県のリーダー校としてさらなる活躍を期待する次第である。

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※注:2016年度用に若干編集させて頂きました(Ver.3.2)


2012-08-20 05:02 | カテゴリ:高校ヨット部探訪記
第3回は『霞ヶ浦水域』の最後となりました、「土浦第一高校ヨット部」を紹介致します。土浦第一高は茨城県内で3本の指に数えられる有数の進学校である。その頭脳を生かしたセーリングで数々の好成績を治めてきた。
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①歴史

※誕生の経緯はボート部(端艇部)OB?

土浦第一高等学校ヨット部創部には面白いエピソードがある。廃部となってしまってた旧制中学時代の端艇部OB達が40歳を超えた際、「またボートを霞ヶ浦に浮かべよう!」がきっかけだった。しかし体力が落ちていた彼らは、オールを漕ぐのが辛かった為、カッター船に帆を取り付け楽しみ、しまいには「霞ヶ浦ヨットクラブ」まで設立してしまった。
当クラブが国体などで払い下げられたヨットを母校に寄贈したのが始まりである。それが1953年(昭和28年)のことであった。

初代顧問は横田 尚義教諭(後に同校校長)であったが、ヨットに理解のある指導者でもあった。練習環境、ライバル校にも恵まれ、全国有数の強豪校となっていく。優勝回数は5回と(FJ一本化となるまでは)茨城県勢でトップの実績であった。

1970年蒲郡インターハイで初優勝を果たす(女子スナイプ級)。主な成績は以下の通りである。

1974年(福岡)男子スナイプ級優勝
1980年(大津)男子FJ級3位
1982年(蒲郡)男子スナイプ級優勝・男子FJ級優勝
1983年(本荘)女子FJ級優勝
1987年(江差)男子スナイプ級準優勝

※全種目において優勝の経験があり、蒲郡大会での男子完全優勝が話題になる。しかし平成以降、常に部員数確保の問題を抱え、廃部の危機が続く状態となってしまった。

②現在の活動状況

OBの熱意により、かろうじて存続している状況である。部員数も少ない。練習はOBが指導している為、自ずと練習量も少なくなってしまう。(基本的に土日などの休日のみ)

※21世紀に入ってから、2002(土浦)、2009(和歌山)インターハイでは出場を果たしている。

③その他論評

・部員確保は同校の問題ではあるが、OBが中心となって運営しているのには全く頭が下がる思いてある。しかしやる気がある部員が入ってもこの状態では強くはなれないだろう。

※こういう状態をみて茨城県連幹部は何とも思わないのだろうか?霞ヶ浦水域は、土浦日大・霞ヶ浦・土浦第一この3校が切磋琢磨して強くなってきたはずである。(各学校任せでなく)県連が中心となって各校顧問・OB達がバックアップすればいいだけの話である。それほど難しい話ではない。
2019年(7年後)に茨城国体が予定されているが、このままいけば国体時に「少年種目が出場なし」という事態にもなりかねない(土浦日大高や霞ヶ浦高も例外ではない)。一刻も早い改革が求められる。(恥をかくのは県連幹部なんですけどね・・・)

2012-08-18 01:50 | カテゴリ:高校ヨット部探訪記
前回は霞ヶ浦高校を取り上げたが、同じ水域で活動してる我が母校「土浦日本大学高校ヨット部」を紹介していきたいと思います。
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①歴史

土浦日本大学高等学校ヨット部は霞ヶ浦高等学校ヨット部に5年遅れること1966年(昭和41年)に創部。翌年の埼玉国体が霞ヶ浦で開催されるのを機に設立された。インターハイ優勝4回を始め、入賞も多数している歴史あるクラブである。インターハイでの実績は以下の通りである。

1970年(蒲郡) 男子スナイプ級 準優勝
1971年(高松) 男子FJ級 優勝
1972年(藤沢) 男子FJ級 3位
1979年(大津) 男子スナイプ級 3位
1986年(光)   男子スナイプ級 準優勝
1989年(高松) 女子FJ級 3位
1993年(土浦) 男子FJ級ソロ優勝・女子FJ級ソロ優勝・男子デュエット準優勝
1996年(山中湖)男子FJ級ソロ3位
2000年(蒲郡) 男子FJ級ソロ準優勝
2001年(宇土) 男子FJ級ソロ準優勝
2002年(土浦) 男子FJ級ソロ優勝

②主な卒業生

・関 一人(2004年アテネ五輪男子470級銅メダリスト)

千葉県千葉市出身だが、Jr出身のセーラーが入学したのは彼が初めてだった。高校3年時はタイトル総なめ、その後の活躍は皆さんがご存知の通りであろう。

・岡田 正彦(1983年江の島インカレ史上初の完全優勝の立役者・日大主将)

高校時代も3位入賞の実績があるが、大学でもさらに活躍し、日大伝説の主将としても有名。元監督、岩瀬 恵右教諭も歴代のヨット部員の中で1番に挙げるなど、優秀なセーラーであった。

・岩月 邦雄(1977年江の島インカレスナイプ級団体優勝・日大副将)

高校時代はインターハイには出場していない。大学で伸びたタイプ。インカレで日大時代の幕開けは彼らが最初である。卒業後も茨城代表として、スナイプ級で2度優勝している名セーラーである。現在も県連で後進の指導にあたっている。

・井嶋 浩文(1986年小戸インカレスナイプ級団体優勝・日大副将)

高校時代は結果を出すことができなかったが、日大時代に開花。スナイプ団体4連覇に貢献。卒業後にも岩月のクルーとして国体制覇。現在2人の息子も活躍している。茨城県勢に欠かせない存在。

・松野 千寿子(旧姓・井嶋・1993土浦インターハイ女子FJ級優勝・香川国体・千葉ワールド女子部門優勝)

井嶋 浩文の妹、関 一人と同期であり、高校時代は地元インターハイアベック優勝だけではなく、国体・FJワールドとすべて(関と同様)タイトル総なめ。その後も日大に進み活躍。オリンピックキャンペーンも行なった実力者であった。同校唯一のインターハイ女子優勝者である。

・石川 靖雄・石川 裕也

親子2代でインターハイ優勝した実績。裕也は1年時からインターハイ準優勝・準優勝・優勝ととんでもない成績を残した。日大時代も総合優勝に貢献。現在もオリンピックを目標に頑張っている。

③監督・コーチ陣
畑監督と選手達
2004年まで岩瀬 恵右・畑 秀明教諭体制だったが、岩瀬先生の退職により現在は畑先生と大澤 恵一教諭の2人体制である。正式なコーチは存在しないが、数名のOBがバックアップにあたっている。

④練習環境・練習日・練習時間

・霞ヶ浦ラクスマリーナ(JR土浦駅より徒歩約10分・学校より自転車で約10分)
・登校時は放課後のみ(朝練はなし)
・休み時は朝から日没近くまで(テスト期間・正月・お盆は練習なし(顧問の都合により練習できないこともある)。

⑤その他論評

・学校の勉学強化の為に昔より下校時間が遅くなっている。従って練習時間は霞ヶ浦高より短い。
・コース練習は霞ヶ浦高と合同で行っている。
・後継者の不在により、廃部の危機となっている。
・大学推薦などは日本大学が基本的に多い(成績次第で他大学の進学実績もある)
・ここ10年間では2004年牛窓大会で女子FJ級ソロで4位・男子デュエット6位以来入賞が一度もない。改革が求められる。

※練習はいつも合同練習なのに何故かまとまりが悪い茨城県勢。玄海セーリングクラブのような体制に出来ないものだろうか?茨城県連も真剣に考えないと霞ヶ浦からヨットの灯が消えてしまうだろう。まったく恥ずかしい話である。





2012-08-17 22:48 | カテゴリ:高校ヨット部探訪記
当ブログで『高校ヨット部探訪記』を連載していこうと思っている。今回、全日本FJ・インターハイなどで様々な方とお話しさせて頂きました。その中で「高校ヨット部の現状を知らない」という声が多かったのです。

そこで各高校を訪問し、色々な方々に知ってもらえばってことで企画致しました。まず第1回は筆者の身近な『茨城・霞ヶ浦水域』より名門「霞ヶ浦高等学校」から紹介致しましょう。

インターハイでの海上練習の霞ヶ浦勢

①歴史

霞ヶ浦高ヨット部は1961年(昭和36年)に創部。恵まれた環境の中、数々の好成績を治めてきた『名門』である。

1968年広島インターハイでスナイプ級初優勝。以下の実績がある。

・1974年(福岡) 男子FJ級優勝
・1980年(大津) 男子スナイプ級優勝
・1982年(藤沢) 男子スナイプ級3位・男子FJ級準優勝
・1984年(本荘) 男子FJ級準優勝
・1985年(穴水) 男子FJ級準優勝
・1987年(江差) 男子スナイプ級3位・男子FJ級準優勝
・1990年(七ヶ浜)男子スナイプ級優勝
・1993年(土浦) 男子FJ級ソロ3位・男子デュエット優勝
・2002年(土浦) 男子デュエット3位
・2003年(長与) 男子デュエット3位
・2014年(江の島)女子デュエット3位
・2015年(和歌山)女子420級・FJ級優勝(女子完全制覇)
・2016年(和歌山)女子420級優勝・FJ級準優勝

※以前は男子校であったが、2004年より男女共学となり、現在では女子部員も在籍している。その女子種目についても、2014年江の島インターハイで初のメダルを獲得、さらには2015年和歌山インターハイでは420級・FJ級完全制覇を成し遂げ、新たな時代の幕開けとなった。

②オリンピック選手輩出数全国NO.1?

オリンピック代表を輩出した人数は恐らく全国で一番だろう。紹介すると?

・田村 孝 (1988ソウル五輪トルネード級代表)
・中村 健次(1988ソウル・1996アトランタ470級・2000シドニー・2004アテネ49er級代表)
・宮井 佑治(2000シドニー五輪470級代表)
・轟 賢二郎(2004アテネ五輪470級銅メダリスト)

それだけ基礎を霞ヶ浦の恵まれた環境でで鍛えられたからこそ、これだけの選手を輩出できるのであろう。

③現監督・コーチ

・監督 伊勢崎 和仁(教諭)
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2009年、長年監督だった根本 茂喜監督の退官により、伊勢崎教諭を抜擢。同教諭は元レスリング部のコーチとして名門に育て上げた実績があり、熱血漢である。「勝つためには?」をテーマに様々な視点からヨット部を改革している。

・コーチ 西村 祐司(教諭) 中村学園三陽高-同志社大卒
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2013年度より社会科教諭として採用された。
琵琶湖Jrでヨットを始め、中村三陽高-同志社大と名門ヨット部を渡り歩いた実力者。インターハイ優勝・全日本インカレ個人戦・国体優勝など実績も抜群、このような優秀な人材が茨城に来てくれたのは非常に頼もしい限りである。
現在低迷している同校や茨城県勢を間違いなく立て直してくれることであろう。

※その他にも時間があれば、熱心なOBがサポートにあたっている。


③練習環境・練習日・練習時間

・霞ヶ浦ラクスマリーナ(土浦駅より徒歩約10分・学校より自転車で約15分)
・基本的に毎日練習(テスト期間・正月・お盆は休み)
・当マリーナは出艇禁止など存在しないので、安全が許す限り原則出艇。
・朝練も実施(学校登校時のみ・最近は厳しい陸上トレーニングを実施)

④その他論評

・私立でありながら、前監督の方針によりJrセーラーの勧誘・獲得に積極的ではなかった。これでは現在のJr全盛時代に太刀打ちできる訳がない。実際FJ一本化(1993年~)となってからは。男子デュエットで初代チャンピオンになったのみで、長らく優勝からは遠ざかっていたが、様々な案件を実施した結果、2015年和歌山大会で女子420級・FJ級完全制覇を達成した。

・練習環境が良いのはもちろんだが、練習も充実している抜群な環境である。やる気がある生徒ならまずヨットはうまくなることであろう。

・女子優勝により新たな時代を迎えつつある同校は、好環境を武器にますます発展していくことであろう。



以上


注:2016年用に編集させて頂きました(Ver.3.2)